2006年02月26日

★自分のスタイルで勝ち取った「37歳の日本代表」 -ラグビー・村田亙に学ぶもの

4575298662.01(村田亙).jpg今日の日本選手権で、同点ではありましたが、優勝した東芝府中。

雨の中ハードな戦いでしたが、最後のロスタイムでは、怒涛の闘志を見せてもらいました。

かつて、低迷した東芝府中を見事トップレベルに引き上げた不屈の闘志を持ったラガーマンがいました。

村田亙選手です。

小さいころから体は小さく、決して環境に恵まれたわけではないラグビー人生だった村田選手は、日本人で初めて、フランスで「プロ・ラグビー選手」になった人です。
そして37歳で日本代表になった「奇跡のラグビーマン」です。

かつてのライバルであった堀越は、指導者として活躍中ですが、村田はあくまで「現役」「日本代表」にこだわり、ラグビーに精進してきました。

その精進っぷりは・・・ おそらく、自分がいろんな場面でいくらがんばっても、
とても比較にならないぐらい「すごい」もので、勝てないと思います。

●自身のポジションに対するこだわり・・・体が小さくても活躍できるスクラムハーフへ、執着し、なんとしてもそのポジションでプレーできるよう、努力を重ねます。

●日本代表に対するこだわり・・・プロチームとの契約を打ち切ってでも戻ってくるこだわり。でも自身がこだわって戻ってきたにも関わらず、日本代表には選出されなかったことは、いつでも努力がハッピーエンドにつながるとは限らない「シビアさ」を教えられます。

●自分の気持ちに対するこだわり・・・プロチームにいたとき、一時期試合に出れなくなった時期に自問自答している村田選手の姿に、一番感銘をうけました。

「お前はこわがっているんだろう チームが展開指向だからといいながら、本当は行くのがこわいんだろう。
 あの大男たちが待ちかまえる狭いサイドへ突っ込む勇気がないんだろう。」

チームのゲーム展開方針のせいにして、自分のプレーをしていなかった自分を
追い込みます。そして、

「行こう。走ろう。突っ込もう」

自分のスタイルで、壁に向かう決意を固めた村田選手は結果を出すことができ、
ジャージーの「9番」を自分のものにしました。


トリノオリンピックで金メダルを獲得した荒川選手は、点にはつながらない
「イナバウワー」を本番で披露しました。

「スケートを美しく滑りたい」という気持ちが、そうさせたと思います。
でも、点にならない演技を盛り込む「勇気」は、出来そうでできないのではないかと
思います。


普段の仕事でも、「会社がこうだから」「取引先がこうだから」「上司がそうだから」と
言い訳をすることは簡単です。

でもそれで本当にいいのか?
自分は納得しているのか?
自分のスタイルをトライしているのか?


考えさせられるのが「奇跡のラグビーマン―村田亙37歳の日本代表 」です。
少し厚めの本ですが、思わず最後まで読んでしまいます。

自分のスタイルでがんばっていいものか?
疑問に感じるときがきたら、また読み返したい一冊です。





posted by 23book at 23:50| Comment(0) | TrackBack(0) | スポーツ本に学ぶ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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