2005年07月21日

●ジャックニクラウスさんへ、「ご苦労様」と言いたいと思います。

第134回「全英オープン」が、7月14日(木)から17日(日)までの4日間、
今年はゴルフの聖地、スコットランド、セントアンドリュース ・ゴルフクラブ・
オールドコースで開催されました。

そこには、ゴルフの原風景が広がっています。

ゴルフの起源は、スコットランドの羊飼いがウサギの掘った穴に石ころを入れる
遊びだったらしいのですが、セントアンドリュース・オールドコースは、
400年前の1547年からプレーされていたといわれ、ゴルフ発祥の地に生まれた
世界最古のゴルフコースで、原型の設計者は、マザー・ネイチャー。つまり自然。

誕生から、その原形がほとんど変わっていない。
人々からは「神が創り出したゴルフコース」と呼ばれる名門です。

しかし、人の手が加えられておらず、例えて言えば、日本にある河川敷のゴルフ
場といった風景が広がります。
1日の中にも四季があるといわれるほど、天候はよく変わり、
そして、全く平坦な場所などどこにもないのです。

フェアウェイにナイスショットを放っても、場所によっては
どこに行ってしまうか見当もつかない。
逆に、ミスショットをしても、ラッキーに転じることもあります。

また、グリーンにナイスオンしたボールが、パッティングをする時に、
風速40メートルの風によって30センチ以上も動いてしまうことも・・・

何もかもが、自分の思い通りには行かないわけです。
自分の力だけではどうにもなりません。

イギリス人はこんな風にいうそうです。

「それがゴルフ。人生だって同じ。いつも力のある人間が勝つ訳ではない。
そして、ゴルフが面白いのは、そこなんだ」と。

そんな「自然」の中にあるセントアンドリュースは、普段は一般の人に公園とし
て解放されている。そして、自由に楽しまれて、街の一部となっている「自然」なのだ。

大よそ、日本人が、高いお金を払って、きれいに整備された高級ゴルフ場に行く
ことが、お金持ちの象徴であったり、ステータスであったりするのとは趣きが違う感じが
します。

正に、自然と向き合い、自分と向き合い、人生を考える、親しみのあるゴルフク
ラブ、セントアンドリュース。

ちなみに、同じイギリスで行なわれるテニスの全英、ウィンブルドンは格式高く、
どこか人を寄せ付けないような雰囲気。
また、ゴルフのマスターズが行なわれるオーガスタも、由緒ある会員制のゴルフコース。
メンバーが世界中で約300人。会員はお金よりも名誉で長年次継がれた家系で維持
されている場合が多い。

「偉大な心」を持ったセントアンドリュース。そして、今年。
一人の偉大なゴルファーが引退を決意し、最後のプレーを終えた。
歴史に残るプロゴルファー。
ジャック・ニクラウスが現役を引退をしました。

最終18番ホール、最後のバーディーパット。
最後のパットをギャラリーも、TVの前の自分も、
「入ってくれ」と祈るような気持ちでいました。

ニクラウスの集中した、しかし、心なしか丸まった背中から、
緊迫感が伝わってきました。まるで、優勝のかかった場面のように。

放たれたボールは、スライスラインに乗って見事カップイン!!
1986年のマスターズでの奇跡の逆転優勝を彷彿させるかのように、
左手を突き出した!

絵になる65歳である。

そのシーンをはかなそうな目をしたバーバラ夫人が見守っていました。

1975年マスターズ。チャンピオンを祝福するパーティ。
バーバラ夫人だけが、人の輪を離れ、独り壁際に座っていた。
目には涙が溢れていた。

「あの人の優勝を素直に喜べないんです。」とバーバラ夫人は言ったそうです。

「だってあの人がこの試合に勝つために、
 どれだけのことを犠牲にして、努力して、節制しているかを、私は全部見ているんです。
 そんなにしてまでも、勝ちたいという気持ちを考えると、とても喜べません。残酷です」

でも、ニクラウスのいう勝利への欲求や闘争心が、自らをそこまで追い込むのだと思います。
しかしそれは、本当に近くにいる人を悲しましてしまうほどのものなのだと思います。

しかし、昨日のバーバラ夫人がニクラウスを見ている目は、何か「よくがんばっ
たわね」と心から賛辞とねぎらいを投げかけているような優しい目だったような気がしました。

ジャックニクラウスさんへ、「ご苦労様」と言いたいと思います。


●みつけたリンク

「ジ・オールドコース・エクスペリエンス 3泊プログラム」
http://www.e-tabinet.com/com/catalog_detail.jsp?catalog=flt005

2005年マスターズ観戦 ショッピングモール
http://www.golfleisure.com/2nd/Masters/2005-masters.html

半袖ポロシャツ 第134回全英オープン2005 in St.Andrews Old Course
http://www.britishlife.co.jp/picture00031.htm

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2005年07月14日

●柳本監督の檄が飛ぶ(2)

親友からまたもメールが・・・
バレーが熱い。

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昨日のイタリア戦。惨敗でしたね・・・。

  予選で各国中ナンバー1だったブロックをしていたセンター陣が
徹底して動きを読まれ・・・。

  とはいえ、「対応」仕切れなかった、ということに尽きると思います。
  なにせ、「一枚ブロック」でも止められてましたからね。

  竹下キャプテンが言っていたように、「相手がどうという問題ではなかった」と思います。
  落ち着いてプレーできていなかったのかな?

  そんな時に頼りになるのが「シン」こと、高橋選手ですよね。
  あの「落ち着き払った」、しかし「怒りにも似た闘志溢れる」高橋選手の表
情を見ると、とても威圧感を感じます。

  まだまだこれからの全日本。
  世界を相手に、スピード&コンビネーションバレーでとにかく挑戦です。


  本シリーズが全てではなく、あくまで北京に向っているわけですから。
  今度はオランダ戦・・・と思ったら、3-1で逆転勝利!!やったー!!

  明日は休んで、最後の3連戦。ラストスパートして欲しいですね!

  ※このチームに「大山・栗原コンビ」がいい形で戻って来たら、パワーアッ
プもするのが楽しみです。

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なぜこんなに熱い?

柳本監督の本、読み始めました。
どんな感動があるのか、楽しみです。
posted by 23book at 22:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近のスポーツをみて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

●第二の橋本さんが生まれないことを、望みます。

報道ステーションで古舘さんが言っていた言葉が気になります。

「現在のプロレスは、受け身を取りずらい技を連発するようになった。
 彼は殉職だと思います」

もしこのコメントの真意の延長線上に橋本さんの死があったなら・・・。

アントニオ猪木さんが小川戦で、試合を途中で止めたのも
理由がより分かります。

あのSTOなんて、「後頭部」をもろに打っている技ですから・・・。

そしてもしこのコメントの信憑性が高いのなら、
第二の橋本さんが生まれないことを望みます。

果たして自分は無力で、口で言っているだけですが・・・。
posted by 23book at 22:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近のスポーツをみて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月13日

●柳本監督の檄が飛ぶ。−バレーボール女子のワールドグランプリ

いっしょにブログをやっている親友からメールが。
「最近女子バレー、もりあがってるね」とメールしたところ、
返信が。
個人的には柳本監督の顔が、気合みなぎっていて
気になっていたので、その辺の話が中心の返信でした。

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いや、ほんとにもりあがってるよ。
昨日(=10日日曜日)もバレーボールを見てしまった。
世界トップ12が集まるワールドグランプリ。
夜10時からの日本対タイ戦。
巨人戦よりも、何よりも、見てしまうね。。

普段の日曜日なら、夜9時から日テレの行列のできる法律相談所を見て、
風呂に入って、TBSの情熱大陸を見て、寝るという感じだけど、、
昨日は見てしまいました。夜12時近くまで。

特に、今大会は出足から違う感じを受けている人も多いよね。

圧巻はブラジル戦。

世界ランキング2位ブラジル、世界ランキング7位日本。
とはいえ、世界の強豪と日本の差は大きい。
勝てそうで勝てないのがバレーボールの感想。
日本はブラジルに10連敗中。

結局、2セットを先取。その後はブラジルに2セットを取られ返されてしまう。
運命のファイナルセット。15点を先に取った方が勝ち。

タイムアウトの度に柳本監督の檄が飛ぶ。
「自分達がやって来たこと思い出せー!自分達がやって来たことを信じろ〜!」


勝負に向って行く姿に感動するよ。マジで。

そしてついに14対12で日本のマッチポイント。
大友愛のサーブはラインを越えてアウト。
そこからは、ブラジルは息を吹き返し、最後は、18対20で負けてしまった。

2-3で逆転負け。ゲームセット。

大友愛は涙を流してた・・・。
「この悔しさを忘れない」と。

柳本監督は
「あと1点という重みを感じてくれたと思う。
 その思いをどこまで持ち続けられるかが大切」と。

新チームになって、柳本監督はコミュニケーションを重視するようになった。
練習後のミーティングを頻繁に行い、
『みんなでチームをつくろう』という空気に満ちているとのこと。

そして、これまで何をすればいいか迷っていた選手が、
監督に直接疑問をぶつけられるようになった。

このブラジル戦。
視聴率はなんと「21.8%」
同じ時間帯の阪神−巨人戦は8.0%

クライマックスは夜9時11分のフルセットの末に日本が逆転負けした場面。
なんと、瞬間最高視聴率38.8%!!

まだまだこれから、盛り上がって行くこと間違いなし!

昨日のタイ戦も第一セットを先取され、
ヒヤヒヤしましたが、その後は、3セットを取り、勝利!

竹下選手の「絶対にあきらめない」で最後までボールを追う姿に感動したし、
大友選手のブロード攻撃のスパイクが決まった後の
「ガッツポーズ」がとても格好良く、見とれてしまったね。

日本は5位で予選を通過。
決勝ラウンドは今週、7月13日(水)から18日(月)まで、
仙台市体育館で決勝ラウンド仙台大会があるよ。

 ちなみに、仙台大会の入場料はアリーナ指定席6000円、スタンド指定席5000円、
 スタンド自由席(一般)2500円、同(中・高生)1500円、同(小学生)
 1000円。



※柳本監督の本もあるよ。
『力を引き出す―どん底から個人と組織を甦らせる―柳本 晶一 (著)』

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以上、親友からのメールでした。


posted by 23book at 16:56| Comment(0) | TrackBack(1) | 最近のスポーツをみて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

●破壊王、橋本真也さんが亡くなった。

破壊王、橋本真也さんが亡くなった。1965年生まれの40歳。

橋本さんと言えば、今は「ハッスル、ハッスル」でお馴染みの(?)、
元柔道世界一の小川選手との闘いが思い出されます。

出会った当時の橋本さんは、
新日本プロレスで絶頂期にあったと言っていいのではないでしょうか?

1989年に武藤、蝶野と闘魂三銃士を結成し、そしてIWGPタッグ王者を獲得。
1993年にはIWGPヘビー級王者となる。
1996年4月29日IWGPヘビー級選手権、60分1本勝負では、
挑戦者であった橋本が、王者高田を撃破し、IWGPを奪還。
これからは、橋本の全盛期が続くと思われた。

しかし、ここで小川選手と出会います。

橋本さんはその時の心境をこう言っていました。

「強敵小川が俺の出鼻をくじいてくれたんです。この世界であぐらをかいていた俺のね。」

そして、橋本さんと小川選手は、97年以降、5度に渡る死闘を繰り広げました。
しかも、小川選手にとっては、プロ格闘家としてはデビュー戦の相手が橋本さんでした。

アントニオ猪木さんと初代タイガーマスクの佐山さんに鍛えられた小川選手は、
東京ドームのリングに柔道着で登場しました。

1997年4月12日異種格闘技戦 IN 東京ドーム。時間無制限1本勝負。

結果は、小川さんのスリーパー・ホールドが決まったと判断してレフェリー・ストップ。
橋本さんは敗けました。

格闘技最強であるはずのプロレスが、アマチュア柔道世界一に負けたことは、
プロレス・ファンにとってはかなりショックなものでした。

しかし、試合後の会見中に橋本選手が新日本プロレスの坂口社長に直訴して、
3週間後の再戦が決定。

しかも、橋本選手の申し出とおり、
異種格闘技戦としては異例の新日本プロレスの象徴である
「IWGPヘビー級のチャンピオンベルト」を賭けての戦いとなった。

1997年5月3日異種格闘技戦 IN 大阪ドーム。時間無制限1本勝負。
再戦の結果は、橋本が小川の顔面にキックを蹴り込み、小川が失神。
セコンド佐山聡がタオルを投げ込みTKOで橋本さんの勝利。雪辱を果たしました。

続いて二人の勝敗がタイとなった第三戦。1999年1月4日。
プロレスではタブーとなるガチンコで戦った。
拳で顔をなぐり、顔面に蹴りを飛ばし、プロレスでは「有り得ない」ことでした。

この時の小川選手の顔は、「狂気」に満ちた切れた顔でした。
この試合で橋本真也はボコボコにされました。

続いて1999年10月11日。
ここでも一方的に小川が攻め込み、立会人であるアントニオ猪木さんがリングに駆け込み、
特別レフェリーの藤波さんにレフェリー・ストップを要請し、試合は終わりを告げました。

橋本さんは、2戦連続で、小川選手に「こてんぱん」にされてしまいます。

そして、決意の2000年4月7日。
雪辱を誓う橋本さんは、頭を丸め、「負けたら引退」と宣言し、
背水の陣・決死の覚悟で試合に向かいます。

この試合は、テレビで生中継されました。
そしてプロレスファンのみならず、多くの人の関心を集めました。

この試合でも小川選手の優勢は変わりませんでした。
橋本さんは、何度も何度も倒されました。

しかし、倒されても倒されても、必死の形相で橋本さんは立ち上がり、向かっていきました。
あの気迫溢れる顔は忘れられません。

結果は、STOの6連発で非情の10カウント。
無情にも橋本さんのノックアウト負けでした。
この結果、「引退」をした橋本さんはこんな風に言っていました。

「戦いに向かっていくというのかな。
 俺達にはどこか安心しちゃってた部分があって、
 必死になって向かっていく姿で負けてたんじゃないかと思いますよ。
 今回、小川にここまで追い込まれるまで、俺も忘れてましたし。
 技を見せたり、受けたり、そんなことばかり考えた結果 、
 本当に必死になっている者に遅れをとったかな、と感じました。」


そんな「ふたり」は後に、活動を共にし、手を組みます。
お互いがお互いを認め合う関係にまでなったのです。

そしてなんと、あの「ハッスル、ハッスル」は橋本さんが発案し、
小川さんと作り上げたものです。

小川選手は、
「この目で確かめない限り、信じられない。
 一刻も早く、事実を確かめないと言葉も出ません。
 本人の携帯に電話して、(呼び出し音が)鳴ったんですけど」と言っていました。

しかし、約3時間も橋本さんの遺体に付き添った後小川さんは、
「同じ子どもを持つ身としてバカ野郎だね。子どもの事を考えると本当に涙が出てくる」と
言葉にならなかったそうです。

闘志溢れる橋本さんの顔。笑顔のかわいい橋本さんの顔。

まだまだ戦って欲しかった。勇気が欲しかった。

その一本気に突き進む姿。忘れません。

ご冥福をお祈りいたします。

橋本真也 vs 小川直也 THE 死闘
※アマゾンでは売り切れ中!!でも紹介したい一冊。
posted by 23book at 00:55| Comment(1) | TrackBack(1) | 最近のスポーツをみて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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