2006年02月24日

●気合のこもったことばを自分自身のことばで話す−女子カーリングチーム

女子カーリング。

惜しくも決勝進出が果たせませんでした。
日本での競技人口は、わずか2500人。

競技場も全国でたった9箇所。

しかし、そんな日本女子カーリングチームが今回のトリノでは、
長野の金メダルチーム・カナダ、
ソルトレークの金メダルチーム・イギリスといった、
カーリング強豪国を破っての、大健闘であったことは間違いがありません。


日本のスキップ・小野寺選手がストーンを投げる。

ゆっくりゆっくり、ストーンが氷上を進んで行く。
カーリングに長けたはずの解説者も、どうなるか分からない。
このなんとも言えない間が、見る者をハラハラさせます。

決して、スピーディーな展開ではないカーリング。

作戦を立てている時間、ストーンが進んでいる時間は、
ゆっくりしているカーリングですが、
その「行間」の「時間」の密度の濃さを感じさせるカーリングが、
日本中をドキドキさせてくれました。

小野寺選手の、顔が目に焼きついています。


奇跡の準決勝進出へとスイスに挑みましたが、
最後の最後は、スイスに11対5で、負けてはしまいました。


でも、日本代表選手は、
●「マイナーなスポーツだけれど、誇りを持っている」
●「人生を懸けて来た」
●「これでカーリングが日本に普及してくれるのなら、本当に嬉しい」
と、試合後、涙ながらに、しかし堂々と語っていました。

試合直後に、本人が一番悔しく泣いている時のインタビューです。


平均年齢23歳の日本の女の子が、
心の底から「誇り」「人生」「日本」ということばを話している。


このインタビューに、もちろん「台本」はありませんでした。
本人たちは、「練習」をして、答えていたわけではありませんでした。

つまり、この「カーリング娘たち」が「本当に心に思っている」からこそ、
出てきた「言葉」だったわけです。


けなげじゃないですか。
謙虚じゃないですか。
慎ましいじゃないですか。
泣けてくるじゃないですか。

日本も捨てたもんじゃないです!

この「おごらない、小さな心」が、
この何か煮え切らない感じの残る、
トリノオリンピックの中で、
大きく輝いたような気がします。

「命をかける」「使命感を持つ」

このことほど、力を生む、感動を伝えるものはない、と
あらためて感じ入った、そんなカーリングでした。


日本女子カーリングチーム、ありがとう。
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2006年02月23日

●キャラクターを活かして、がんばって欲しい!−トリノ・フィギュアスケート

今回のトリノオリンピックでの最大の目玉競技。
女子フィギアスケートが始まりました。

村主、荒川、安藤の日本代表3選手。

それぞれが、個性的です。
そして、3選手とも、調子はいいということです。

最年長の村主選手。
「競技者である前に、表現者でありたい」


元世界チャンピオンの荒川選手。
「得点や順位よりも、楽しく美しいスケートがしたい」


世界初の4回転ジャンパーの安藤選手。
「オリンピックで出られるだけで誇りの持てること。4回転に挑戦したい。」


三者三様のコメントです。

この3選手が、ショートプログラムを終え、
荒川選手が3位、村主選手が4位、安藤選手が8位と、
3選手とも、トップレベルでの戦いを繰り広げています。

明日の深夜。
いよいよ、最終演技のフリーが行われます。

アメリカのコーエン、ロシアのスルツカヤに挑み、
今大会初の、表彰台を期待しています。

がんばれ、ニッポン!!






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2006年02月18日

★ラグビー界の各リーダーのコトバに、リーダーシップを学ぶ

4340043001.01(キリカエ力).jpg「選手が理解をしてくれれば、チームに100%の力がでて、個々の能力としても若い選手なら120%力がでるといっても過言ではない。
しかし今、選手に理解を求めることができない指導者が多い。

今これをもっとも確実に発揮していると思うのが早稲田。現在の清宮監督は、とてもうまいと感じる指導者です。」


ラグビー日本代表元監督、宿沢さんのことばです。
普段の仕事の場でも、「遠慮して言わない」「いってもどうせわからない」と自分自身逃げていないか?とはっとさせられることばでした。


「日本一のラグビー選手になる。そう思うことにお金はいりません。
力もいりません。身長もいりません。思うだけなら何もいらないんです。
でも思わなければ近づきません」


伏見工業総監督山口先生のことばです。
普段の仕事の場でも、「どうせ無理やろう」「お金がないしできない」と
言い訳ばっかりして、「こうなりたい!」という想いがあるのか?

自問自答させることばでした。


「負けても殺されへんで」

平尾誠二のことばです。
勝つことに対するこだわりと同じぐらい、柔軟に考えられる平尾の頭脳に
また感服しました。

今回ご紹介した本、「キリカエ力は、指導力―常識も理屈も吹っ飛ぶコーチング」には、「コーチング」にスポットをあてて、ラグビー界のリーダーの話が続きます。

先日紹介した「勝てる組織」でも紹介したとおり、ラグビーは他のどのスポーツよりも、普段の仕事や企業経営、チーム運営に役立つかもしれないと感じている今日この頃です。

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2006年02月17日

★勝利に向けたチームづくりを、古田と平尾に学ぶ

4532164389.09(勝利のチームメイク).jpg 清宮監督が古田監督と対談するまえに、古田は平尾と対談していました。

先日紹介した「日本型組織ではもう勝てない」もそうでしたが、今回紹介する「勝利のチームメイク」でも、古田と平尾が、野球とラグビーという枠を越えて、「勝つためには、どういう組織が必要か?」いろいろと意見交換しています。

二人ともが共通しているのは、

●「何のためにこのプレーを行おうとしているのか」ということをチーム全員が理解していないと、いいプレーも出来ないし、いいゲームを展開できない

つまり、

企業組織でも、メンバーがそれぞれの意図を理解しあって仕事を進めた場合と、個々が何も考えずにただルールと指示だけを守って仕事を進めた場合とでは、仕事の完成度がちがう、ということです。


古田は、対談の中でもうひとつ興味深いことを言ってます。

●「記憶」に判断が邪魔されるケースがよくあります。
 インコースへ放った変化球を特大ホームランにされたとすると、
 実際の対戦成績を振り返ってみると、インコースの変化球を打たれたのは
 この1球だけだったりする。
 あまりに見事に打たれたので、何本も打たれてしまったような「印象」を
 「記憶」が作り上げてしまう。


敗因を分析するときに、特に大事な視点だなと思います。


この本では、その他にサッカーの岡田監督と平尾の対談も展開し、
その後古田と岡田の対談も続きます。

「勝つ」組織作りのヒントがたくさんつまっています。
対談形式なので、とても読みやすい一冊です。





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2006年02月15日

★日本型組織では勝てない−ラグビー・平尾に学ぶ

4478372853.09(平尾).jpg清宮監督が、組織作りの参考にした土田元サントリー監督。

その土田元監督がともにジャパンのチーム作りに取り組んだのが、同志社で一緒にプレーした、「ミスターラグビー」こと、平尾でした。

まさに「知将」の平尾は、ジャパンの監督を辞任したころ、『「日本型」思考法では、もう勝てない。』という本を出版しています。

その本では、野球の東京ヤクルト古田監督とも対談しており、スポーツの通して、現在の日本の組織のあり方を語っています。


古田監督との対談では、

●「今まで上司のいうことを聞いていたらいい、という社会から、自分がどう感じるのか、どう考えるのかということが
重要な社会になってきた。」



平尾が指摘した、現在のプロ野球の弱点です。
まるで今の会社とおなじ・・・


●「僕らゴール型の球技のなかにも、世界のトップレベルだといえるような
スポーツがないのは、選手自身に、主体的に考える習慣がなかったからだと
思います。
上司の顔色を伺いながら、どうするのかな?と気になってしまう。悪いことだとわかっていても、上司が言ったからやる、といった土壌がある」



平尾は的確に指摘し、古田もそれを認めて、話が続きます。


先日、清宮監督と古田監督が対談をしたようですが、
この本では、監督就任前の古田と、平尾の対談が展開します。


プロ野球界、ラグビー界の「知将」同志の対談は、
「勝てるチーム作り」のスポーツの組織論ですが、
これはまったく、普段の仕事、企業の組織のありかたと
まったく同じです。


時間がない方は、Part2(古田×平尾の対談)の章だけでも
読んでもらえれば、そのエッセンスをつかんでもらえると思います。
(1時間程度で読みきれます)

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2006年02月13日

●優しさとと怒りと、情熱があふれる藤田元司監督−ご冥福を祈ります。

元巨人監督、藤田さんがなくなられました。

原監督が「親父」と慕う人です。


他にも、野球界のみならず、各方面から故人を偲ぶ言葉、
そしてそれを話す姿・表情を見ると、藤田さんという人は、
みんなに愛されていた、信頼されていた人だったのだことが分かります。

巨人の監督は、1974年に長嶋が引退した後は、
長嶋、藤田、王、藤田、長嶋、原、堀内、原と、
22年間で、5人しかいません。

この歴史ある巨人の、限られた監督の一人であった
藤田さんはどんな人だったのでしょう。

藤田さんは、選手時代はエースとして活躍され、
8年間で通算119勝。新人王、防御率2.20、MVP2回、最多勝1回。

監督としても、苦境に立たされたジャイアンツを、
通算7年でリーグ優勝4度、日本一2度に導いた名将。

就任した1981年に日本一に就きました。

1983年の広岡西武との日本シリーズは、サヨナラの連続でした。
本当に歴史に残る名勝負でした。

また、2度目の監督に就いた1989年の仰木・近鉄との日本シリーズは、
3連敗から4連勝の大逆転。
見事就任1年目で日本一へ導きました。

藤田さんが監督だった時の巨人の野球は投手を中心とした野球で、
先発投手は完投して当たり前。斎藤・桑田・槙原の3本柱を確立するなど投手を育成しました。

特に、ノミの心臓と酷評され、伸び悩んでいた斎藤投手をサイドスローに変え、
大投手に育てたのは藤田さんです。

また、第一次政権ので自らドラフトで引き当てた原を、
巨人の4番として使い続けたのも藤田監督
です。

他にも、吉村、駒田、岡崎、緒方、村田、川相など、生え抜きの選手を育て、
安易な補強に頼らならい、本当の意味で自力のある強固なチームを作り上げました。

「やってみせて 言って聞かせて やらせてみて 褒めてやらねば人は動かず」

を座右の銘にされ、

「誰だって怒られるよりは褒められた方が嬉しい。選手だって同じだ」と、
「選手を思いやる心を持って対応する」という信念を常に持ち、
辛抱強く起用し続け、名選手を育てました。

しかし一方で、一見穏やかそうに見える藤田さんも、
実は「瞬間湯沸かし器」と呼ばれるほど激昂家であったそうです。

「情熱があるから、本気になれる。その本気が選手に伝わる。」
シンプルではありますが、そんな思いの伝わるジェントルマンだったような気がします。

優しさとと怒りと、情熱があふれる藤田監督。ご冥福を祈ります。

■藤田元監督の本

「ドンを越えた男―「巨人軍監督」藤田元司・しんぼうに辛抱のリーダーシップ」

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2006年02月12日

●納得いくすべりであったか?−上村選手、おつかれさまでしxた。

4408611344.09().jpg上村選手が5位入賞!

決勝のスタートを切り、攻めの滑りを見せ、
決め技の3Dコークスクリュー720も
見事に決まり、ガッツポーズでゴール!

滑り終わった時点では、2位へ。

しかし、最終的には5位入賞ということになりました。

でも、どうでしょう。

上村選手の顔は、
滑り終わった時の顔と、
結果が出た時の顔と、
それぞれ充実した顔にも見て取れました。


「3Dが凄く綺麗に飛べたのでよかったかな、と。
 でも、愛子、めちゃくちゃ悔しっいすっよ。
 日本のみなさん、ごめんなさい。」

と、少しの笑顔を交え、語ってくれました。

応援していた自分としては、
スタート地点で気合が入った姿を見てドキドキし、
ゴール間近でガッツポーズをした姿を見て、
「きっと、納得行く滑りだったんだろう」と思い、嬉しくなりました。

「Do my Best」- 全力を尽くす。

この「言葉」に、どれだけ正直に生きられるのか。


いつも、スポーツから学ばせてもらうことは、
このことかもしれません。

自分への約束を守りたい。
自分が自分に誇りを持ちたい。

そう思いました。


上村選手、ご苦労様。


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2006年02月11日

★やっぱり「組織力」が勝利のキモ − 清宮監督の組織づくりのノウハウ

4492042083.09(土田).jpg清宮監督が勝てる組織づくりにあたって、参考にした、サントリー土田元監督。

個人の特性を活かした本人の仕事を明確にし、成功体験をつけることで、好循環に入る、と紹介しましたが、やはり「組織」という考え方も非常に大事にしています。

もう少し、土田元監督の著書「「勝てる組織」をつくる意識革命の方法」から、ヒントを紹介しますと、

●レベルの高い者たちは、低い方のレベルアップを支援し、一方レベルの低い者たちは、レベルアップを目指す。これが真のチームワーク。決してレベルの低い者に合わせることではない

●相手を倒すため、相手の弱点を分析し、作戦を立てて戦えば勝てるが、そればかりだと結局は勝ちつづけられない。自分たちの「戦い方」をハッキリさせる必要がある。

●その戦い方は、それぞれの選手に合わせた「キーワード」に落とし込み、理解しやすいように伝える必要がある



先日の記事でも紹介しましたが、
サントリーで営業マンでもある土田元監督のチーム作りのノウハウは、
日々のビジネスの現場でも、ものすごくヒントになります。
研修資料で使いたいぐらいです・・・


土田元監督の「勝てる組織」づくりのエッセンスと、
清宮監督のノウハウがミックスされた、
史上最強と呼ばれる「早稲田ラグビー部」

明日はどんな試合を見せてもらえるか・・・ 楽しみです。


■生中継されます!

12日(日) NHK総合
13:50〜(15:45) 第43回ラグビー日本選手権 〜2回戦〜
「トヨタ自動車」対「早稲田大学」

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2006年02月10日

★清宮がモデルにした「勝てる組織」を創った土田元監督

4492042083.09(土田).jpg昨日のYahoo!の記事にも出ていましたが、
今年の早稲田ラグビー部は、日本選手権でいいところまでいくかもしれない雰囲気です。

そんな「勝てる組織」を清宮監督が創るときに、モデルにしたのが、当時のサントリーラグビー部土田監督の「勝てる組織」だったようです。


低迷していたサントリーを、1年で全国制覇へ引き上げた土田監督。
その「勝てる組織作り」のエッセンスを、早稲田のチーム作りにも活かした結果、早稲田は「史上最強」とよばれる強さを創り上げました。

土田元監督の著書「「勝てる組織」をつくる意識革命の方法」には、清宮監督がヒントにしたと思われるエッセンスがたくさん詰まっています。


サントリーで営業マンでもある

土田元監督のチーム作りのノウハウは、

日々のビジネスの現場でも、

ものすごくヒントになります。



●ビジネスマン一人一人が、自分で考え、判断し、行動することが
求められる時代に、ラグビーの組織運営は役に立つ

●また、サッカーと違い、ラグビーはポジションごとに求められる能力が違うので、
そのノウハウは、メンバーそれぞれの特質に凹凸があるチーム作りに参考になる

●各メンバーの特質を把握した上で、本人の強みがいきる仕事を明確化し、成功
 体験することで、他の仕事への取組みもかわり、好循環に入る


など、あげればキリがありません・・・

でも、ただやみくもに個人の能力アップをすればいい、というわけでは
ないようです。
そこには、「組織」という考え方がやっぱり必要だということです。

次回に続きます。

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2006年02月08日

●みんなへの「恩返し」の気持ちが強くする−トリノ・村主選手に学ぶ

フィギュアスケート日本代表の村主章枝選手は、
異色の日本代表だと思います。


昨年から話題の中心だった浅田真央選手が、
15歳で世界一になっていることからも、フィギュアスケートは、
若い内から選手としてのピークを向かえることが分かります。

そして、その背景には、3歳や小学校の低学年の頃から、
10年〜15年練習を続けて来た結果であります。

しかし、村主選手は1980年生まれの25歳。
フィギュアスケートの選手としては遅く、
小さいことからスケートをはじめたものの、
フィギュアスケートの選手として本格的にはじめたのは、
中学生から。

10代で世界のトップの仲間入りをする選手が大半を占め、
20代前半でベテランと呼ばれるフィギュアスケート界の
他のスケート選手に比べて、遅いスタートでした。


こんな村主選手は、2002年、2003年の世界選手権で、
連続して3位という成績を残すなど、スケートを始めて10年足らずで、
素晴らしい成績を残すまでになったことは本当に素晴らしいと思います。


この村主選手の練習は『世界一の練習量』だそうです。


しかし、トリノ五輪では、代表の枠は3つ。
この3つの椅子を、世界最高の選手層を誇る日本フィギュアスケート陣と争い、
勝ち抜かなければ、トリノには行けません。


そして、その最後の争いの舞台となったのが昨年末の『全日本選手権』。

この大舞台で、村主選手は素晴らしい演技を披露します。
特にその表現力は世界一と言われ、会場の観客を魅了しました。
感動し、興奮した観客は総立ちとなります。

そして結果は、見事優勝。
同時に、トリノへの切符を勝ち取ります。


しかし、日本を代表する選手となった村主選手ですが、
そのコメントは、いつもやけに謙虚です。

『見に来て下さっている方々〜』
『応援していただいている方々〜』
という言葉など、必ず『いただいている』という感謝の気持ちが
伝わってくるインタビューです。



そして、トリノに向けて、今発売中のナンバーで、
このように言っています。

『日本の代表として、参加させていただくわけですから、
 しっかりと滑らなければならない。
 メダルを取ることで、みなさんに喜んでいただけるのであれば、
 メダルを取ることで、みなさんに恩返しがしたい』と。



村主選手にとっては、『日本代表』というのは、
『勝ち取った』ものではないわけです。
『いただいたチャンス』なんです。


日本のお茶の間では『お茶が入りましたよ〜』なんて言葉が普通でした。
しかし、今では『お茶を入れたよ〜』というように言葉が変遷しています。
それは、『お茶』は『自分が入れる』ものではなく、
『お茶に入ってもらう』ものなのだ、という心の表れからです。


この心と同じ、あったかい日本人的なものが、村主選手から感じます。
何か『わび・さび』的なものを感じるその表情。

是非、その心のまま、がんばって欲しいと思います。
そんな村主選手を、日本のみんなは応援しています。

そして、『みんなへの恩返し』のみならず、

『自分へのご褒美』として、

トリノ五輪を楽しんで欲しいと思います。


村主選手の活躍を信じています。
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